悲しみは突然に

昨日の夜まではなんでもなく過ごしていましたが、昨日の夜、お風呂に入っていると突然悲しい気分になりました。引き金はパソコンの再起動でした。

いつものようにメールを確認しているとWindows Updateの案内がタスクバーに出現。勝手にインストールもダウンロードもしないようにしているのでダウンロードするように指示して、メールを確認していたら突然のブルー画面の後に再起動となりました。

私の使っているメーラーはシステムの不具合などによる強制終了後に立ち上げると修復機能が働くようになっています。何も気にせず修復機能を働かせるとこれまで処理したメールも復活してしまうことになってしまいました。

修復により復活してしまったメールの処理をしているとひとつのアドレスに手を止めてしまいました。それは今回のことの発端になったメールの一部でした。

相手は自分の身の上に降りかかった深刻な状態を誰にも相談できないまま過ごしていました。もうにっちもさっちもいかない状態で私に話そうと意を決しての連絡でした。私も最初は嫌な予感はしていたものの、文面から大変苦しんでいることが分かったので
その話を聞くことにしました。

話し出すのも結構渋っていたのですが、それでも話をしてくれました。でもまだ最後に何かありそうな感じを含んだまま、いったん話はとぎれました。そこから先はできたら話したくないという感じでした。でも話してもらわないことには…ということで、その先も話を続けるように促したのです。嫌な予感は最悪の形で的中してしまいました。そして相手には二者択一の考えしかありませんでした。その二者択一の選択肢の中では私の答えはたったひとつしか残されていない状態でした。

最終的にその二者択一の選択肢とは別の選択肢を選ぶことになりました。でも残念ながら今でも選んだ選択肢で良かったのか、
提示された選択肢から選んだものの方が良かったのか、悩んでしまっています。それでも唯一の救いはその選択肢が夫の選択によるものでもあるということ。そうして現在に至っているのです。

そうしてある程度気持ちが落ち着いてきた矢先に出てきたメール。見つけたときは複雑な思いはあったものの、さほど悲しいという気持ちはありませんでした。そうしていつもの同じようにお風呂に入るまで過ごしていたんです。

そうしてお風呂に入ったんですが、入っているとメールのことがふと浮かんできました。相手の置かれた立場、思いを想像して反すうしていると何となく考えてしまったんです。「私は何のために生きてきたのか」と。毎日本当に小さな幸せが1つで良いから見つけられたらいいと思いながら日々を過ごすことも許してもらえないのかと思うと、本当に生きている価値があるのかと思ってしまったのです。そうしてお風呂上がりにボロボロと涙をこぼしていました。

そうして迎えた今日。気分を紛らせようとネットサーフィンをしていたのですが、やはり悲しい気持ちは紛れるどころか募っていくばかりでした。気持ちを抑えることもできず、またボロボロと……。

幸い、と言っていいのか分かりませんが、誰かを恨んだりとか誰かが私に対してどうだとかといった一連の負の気持ちはないんですよ。崩れてしまった信頼も崩してしまったパズルか積み木のようにもう一度最初から組み立てていこうと思っています。私が誰かを信頼することと誰かが私を裏切ることは別物ですからねぇ。また、そういう状態に陥ってしまった状況もある程度把握しています。そのことについては反省し、よりよい方向に持って行こうと思っています。それでも、ただ単に「悲しい」という気持ちが募るんです。ぽっかり空いてしまった穴がそのまま…。あえて言うならそんな心理状態でしょうかね。今はその穴を覗いてはズキズキしています。

…そういえば高校時代にやんちゃしていたときに作ってしまった心の古傷が疼くのとよく似ているように感じます。その傷がある程度癒えるのに5年から10年ほどかかってます。今回もそれぐらい長い年月がかかるのかと思うと辛いと思います。でも逆に考えればそれぐらいで癒える希望も持てるわけですもんね。高校時代の傷に対して当時は癒える事なんてないって思ってましたし。

辛い気持ちは何度もおそってくると思いますが、大時化に遭遇してしまった小舟のように耐えてみようと思います。どうにもこうにも辛くて仕方ないときはここに愚痴るかも知れませんが、そのときは暖かく見守ってくださると嬉しいです(^-^)

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