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堂々巡りの考えと神様と悪魔への願い <哀しい物語・6>

新しい命と相手の思い、自分の四半世紀の人生を両天秤にかける…。彼女自身、本当にどうして良いのか分からなかったという。これまでの10年間でどん底だったときも幸せだと思える時間も、旦那さんが傍らで支えてくれていたおかげで生きてこれたのは事実なの、と。でも、この出口のない押し問答も紛れもない現実で、私にとって何を犠牲にするかなんて考えれば考えるほど決めることが出来なくなっていくのよ…と力なく彼女はつぶやいていた。

確かにそうだと思う。自分がその場に立ったことを想像すれば答えなんて出ないと思う。旦那さんと共に過ごした時期が自分の全人生と比較して決して短いとは言えない時間を占め、苦楽を共にしていたのなら「はいそうですか」と割り切ることは出来ないだろう。だからといって『新しい命』を犠牲にしてまでその『想い』は守るべきものかと問われれば、その『想い』は『尊い命』の前では単なる自分のエゴでしかないと想わざるを得ないだろう。でも問題はそれだけではない。

同じ女性として、私も身ごもった子を堕ろすなんてどう考えても言えないと思う。だいぶん昔に見た中絶手術の映像を、さらには術後の心身の状態を考えれば絶対に無理だ。だからといって産むことを認めたとしても、果たしてそれでそれぞれが問題なく過ごせるのかと言えば、そんなに簡単なことでもないことも簡単に想像が付く。第三者の私が考えただけでも答えなんて出ない問題を、彼女は唐突に抱えることになってしまったのだと思うととても胸が痛かった。

そんな状態でも彼女は旦那さんに明日には必ず相手と直接会って話すように告げ、今すぐに連絡するよう促したという。旦那さんは渋っていたそうだが、彼女は相手にとって選択するのに残された時間は本当にわずかしかないと旦那さんに有無を言わせない態度で臨み、相手に連絡を取らせたという。旦那さんは相手に連絡を取るため暫く部屋にこもっていたそうだ。

その後も彼女は相手とのメールのやりとりをしていたそうだ。当たり前の話だがお互いの意見は平行線のままだったそうで、最後には相手が自殺までほのめかす内容のメールまで送ってきたそうだ。「私にはお腹の子どもを殺すことは出来ない。お腹の子どもを殺すくらいなら私も一緒に死ぬ。私がいない方が丸く収まるから」と。そんな相手に対して自分のことを後回しにしてメールの返信をしたそうだ。

『あなたがお腹の子どもを殺すことを考えるとつらいと思うように、あなたの親御さんもあなたが死んでしまうのはつらいことです。どんな形になったとしても子どもには生きていて欲しいと親は思うものです。子どもを突然亡くした親の泣き叫ぶほどの悲しみを、あなたは親御さんに味合わせるつもりですか。死んではいけません』

そのやりとりを最後に彼女と相手とのメールは終わったそうだ。彼女の中では今だにそのメールが相手にどう受け止められたのだろうかと思うこともあるそうだが、連絡を断絶した今となってはうかがい知ることは出来ないからね、と彼女は言う。その表情は少し寂しそうだった。

そんな相手とのメールが一段落した彼女は、より良い方法がないかとただひたすら考えたという。しかし相手からのメールの、旦那さんとの別離が相手の自殺という二者択一の選択肢の前では、彼女は自分の為す術なんてないと思ったそうだ。自らの想いを優先すれば相手は死に、相手の死を回避するには大切な旦那さんとの人生を終わらせるしかない。でも、ここで旦那さんと別れて生きていく選択が最良の人生なのかも知れないが、自分の気持ちを偽って生きていいのだろうか。といっても正直に生きれば相手が傷つき自殺するかも知れない……。

そんな堂々巡りの考えをただひたすら巡らせはするものの、結局のところ最良の方法はないという思いでいっぱいだったという。そして考えれば考えるほど、相手の置かれている状況、旦那さんとの想い出が走馬燈のようにぐるぐると巡り、彼女は嗚咽をあげて泣くぐらいしかできなかったという。その嗚咽を聞きつけて旦那さんは彼女の傍らに寄り添い、旦那さんもまた、これまでにないぐらい泣いていたという。「めっちゃええ子やったのに…」と懺悔にも似た言葉を絞り出しながら旦那さんは泣いていたそうだ。

そんな旦那さんの傍らで彼女はつぶやいていたそうだ。

「神様、私はどうしたらいいですか
 私はほんの小さな幸せだけを望んで生きてきたんです
 それも望んではいけなかったんでしょうか

 神様、もっとも良い方法を私に教えてください
 私はどうやって生きていけば良いんですか

 もし神様が教えてくださらないのなら
 悪魔だって構わない

 私の魂で教えてくれるなら
 私に最良の方法を教えてください
 みんなにとって最良の方法を教えてください…」

ただただ涙を流しながら懺悔をするように泣く旦那さんの傍らで、彼女はひたすらそう願っていたそうだ。

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