- 2008-05-16 (金) 19:33
- 哀しい物語
彼女が最悪の状況に陥っていることを知らせる相手からのメールを受けたのは、旦那さんの服を買うために車で旦那さんと出かけていたときだったそうだ。メールの中身を知ってショックだったものの、なぜか彼女は取り乱すことはなかったという。出先ということもあったのかも知れないが、それよりは突飛な出来事に対して彼女の場合は冷静になるタイプだからではないかと長年彼女を見てきた私は思った。
出先からの帰りの車の中で、彼女は旦那さんに尋ねたという。どういう事か話してくれないか、と。このときの彼女の心の中には怒りや恨みなどといった負の感情は感じられなかったそうだ。それでも問い詰められることになる旦那さんとしてはそんな状況下ですんなり話し出すわけもなく、旦那さんは出来ることなら話したくないというような態度を取っていたらしい。そんな埒のあかない状態のまま自宅の駐車場へ到着したが、彼女は車から降りずに旦那さんと対峙することにしたという。
彼女は優しく旦那さんに尋ねたそうだ。いつからそういうことになっていたのかと。そしてどうしてそういうことになってしまったのかと。場の空気としては決して居心地の良いものではなく、その空気を一蹴するために彼女は話し続けたい衝動に駆られたそうだが、ぐっと我慢して旦那さんの口が開くのをひたすら待ったそうだ。
そうして重く長い沈黙が続いた後に覚悟を決めた旦那さんがようやく口を開き話し始めたのは、帰ってくる頃にはうっすらとかかっていた夜のとばりが完全に下りた頃だった。
旦那さんと相手が知り合ったのは彼女と結婚して4ヶ月過ぎた頃。当時は単なるお客様の1人だったそうだ。普段から旦那さんは持ち帰りの仕事があるものの、その頃の彼女たちの生活としては彼女の仕事の疲れから旦那さんへの家事の負担が増えてしまっており、そのことがつらかったと旦那さんは語ったらしい。そして起床から出勤までの時間のすれ違いも相変わらずだったこともまた、旦那さんにとってつらいことの一つだったという。
そんな状態の旦那さんにとって最も衝撃的な出来事が起きたのだという。それは彼女が続けていたボランティア活動の関係で2泊ほど家を留守にすることになったことだったのだが、ちょうどその日程が偶然にも旦那さんの誕生日にぶつかってしまったのだ。小さい頃から鍵っ子として過ごしてきたという旦那さんにとってはせめて記念日ぐらいは夫婦2人水入らずで過ごしたかったらしいのだが、長年続けているボランティア活動に対して彼女が楽しそうに参加しているのを見ていると、旦那さんは自分の希望を伝えることが出来なかったという。そうして旦那さんの心に生まれていた寂しさに輪をかける結果になっていたのだと旦那さんは語ったのだそうだ。
旦那さんにとってそんな毎日が続き、相手と知り合って数ヶ月が経った頃、相手からから買い物の相談を受けたことがあったという。旦那さんとしても困っているお客さんの力になりたいという思いから相手の買い物につきあうことがきっかけとなり、そこから旦那さんは相手とたびたび出かけるようになったのだそうだ。夫婦でのんびりと過ごしたいと思っている日曜日に彼女がボランティア活動として出かけ、その寂しさを埋めるために旦那さんは相手と逢う…。そうしていつしか旦那さんと相手は男女の仲になっていったという。本来なら顧客と担当者以上の関係になってはならない立場だったにもかかわらず、だ。
時には彼女と別れて相手と生活をやり直そうと思ったときもあり、旦那さんはそのことを相手に伝えたこともあったそうだ。そんな時期もあったものの、結局旦那さんは相手と別れて彼女との生活を続けようと思ったという。だが相手からの旦那さんへの好意と、それに伴うことで抱くことになる相手のつらさや悲しさを目の当たりにし、さらには旦那さん自身が持っていた寂しさが旦那さんと相手との縁を絶つことへの障害となっていたようで、旦那さんとしては相手と逢う頻度を徐々に減らすことで相手に心情的な負担をかけることなく関係を切ろうとしていたと言ったそうだ。
旦那さんは涙を流しながら一通り話した後、息を吐くように小さく、そして強く言ったそうだ。
「寂しくて、虚しかってん」
と。旦那さんから聞いた告白の中で最も印象に残っているのがこの言葉だと、彼女は微笑みつつも寂しそうにそう話していた。
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